東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)31号 判決 1956年8月25日
原告 田原春吉
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告は、「昭和二十八年抗告審判第一、四五九号事件について、特許庁が昭和三十年四月十九日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭和二十七年五月二十一日別紙記載のように「おけさ姿」の文字を縦書にし、その右側におけさ踊の図形を描いて構成されている商標について、第四十三類菓子及び麺麭類の全部を指定商品として登録を出願し(昭和二十七年商標登録願第一三〇三五号事件)、その後昭和二十八年五月二十九日指定商品を訂正して、第四十三類菓子及び麺麭類但し最中及びその類似品を除くとしたが、同年八月十四日拒絶査定を受けた。よつて原告は右査定に対し、抗告審判を請求したところ(昭和二十八年抗告審判第一、四五九号事件)、特許庁は昭和三十年四月十九日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年五月十三日原告に送達された。
二、審決は、別紙記載のように、いずれも「おけさ」の文字を縦書にして構成され、第四十三類菓子及び麺麭の類(但し最中及びその類似品を除く)を指定商品とする登録第四〇一〇四四号並びに第四十三類最中を指定商品とする登録第四一五二九六号の各商標を引用し、商標法第二条第一項第九号により原告の商標の登録を拒絶すべきものとしている。
三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて取り消されなければならない。すなわち審決の理由によれば、原告の商標と引用商標とは、外観称呼とも一応は非類似とみるも観念に至つては「おけさ」といえば、直ちに「おけさ節」並びに「おけさおどり」を直観するのが一般的社会通念であるとしている。しかしこれは実に甚だしい誤りである。元来「おけさ」とは民謡の代名詞で、「おけさ」といえば直ちに「おけさ節」を指称することは社会通念であるが、「おけさ」といえば「おけさ踊」を直観することが、一般社会通念であるとの見解は全く誤りである。「おけさ節」は、新潟県三島郡出雲崎町が発祥地であつて、これが新潟県内のうち、佐渡、柏崎、三条、新潟と各地に拡がり、それぞれの地に「おけさ節」があり、いずれも歌の文句も踊も相違するものであるが、新潟県内では、何人も「おけさ」といえば「おけさ踊」を直観することは全くない。
特許庁は一方原告の出願にかゝる昭和二十六年商標登録願第一六五二号事件においては、「おけさの港」を単なる「おけさ」とは非類似なりとして簡単に登録査定の審決を与えながら、本件においては、単なる「おけさ」とは称呼まで類似なりと説明した如きは、全く商標法第二条を曲解したものである。もし審決のいうように「おけさ」が「おけさ踊」を直観するものならば、「おけさの港」も類似といわなければならない。要は商標は同一商標が同一市場に混交せることを拒み、かつ登録権者を保護するため制定されたものであることは法の真意であるが、原告は本件「おけさ姿」なる商標を付して羊羮を製造販売して昭和二十六年から現在まで佐渡観光の土産品として缺くことのできないまでに発展していることは事実で、単なる「おけさ」の登録権者もまた佐渡観光の土産品として佐渡へ販売せられおるが、何等双方が混交せる事実なく、双方区別せられおる状態である。
元来「おけさ」なる文字の商標は、考案でないことはいうまでもない。これを特許のように考慮し、商標法第二条の真意を曲解し、しかも審決の拒否の理由は、無理に類似品の如く結び付ける説明であつて、社会通念上このような理由で拒絶した審決には納得することができない。
ことに特許庁における審査、審判例をみるも、後者が前者の文字をそのままに引用して構成されているのを、いずれも非類似として登録している事実は多数あり、この事実に鑑みるも、本件の審決は不当といわなければならない。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張は、これを争う。
ことに商標の類否の判断は、両商標について、その外観、称呼及び観念等の各観点に立つて判定がなさるべきもので、必ずしも過去における審査例、登録例等によつて拘束されるものではない。
本件商標については、単に「おけさ」といえば一般に「おけさ踊」または「おけさ節」を直観している現状において、その文字と図形との結合から、これを「おけさ」とも称呼し、観念されるものとして、互に類似するものと認めたので、単に「おけさ」の文字と「姿」の文字との結合のみをみて、引用各登録商標の「おけさ」の文字を有するから、これを互に類似する商標と認定したのではない。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。
二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一号証、乙第一、二号証とによれば、原告の登録出願にかゝる商標は、別紙記載のように、「おけさ姿」の文字を縦書にし、その右側に、菅笠をかぶり、稍後向きに踊を踊つている女の図形をえがいて構成された商標であり、審決が引用した登録第四〇一〇四四号及び第四一五二九六号各商標は、いずれも別紙記載のように「おけさ」の文字を縦書にして構成された商標であることが認められる。
よつて原告の右商標が、引用の登録商標と類似するものであるかどうかを判断するに、引用の登録商標が構成されている「おけさ」は、越後、佐渡地方に発達した有名な民謡「おけさ節」を意味するものであることは疑のないところであるが、「おけさ節」が、元来同地方における盆踊唄として行われ、今日においても、屡々いわゆる「おけさ踊」とあわせてうたわれるものであるところから、人々は右「おけさ」の商標から、単に原告が主張する「おけさ節」ばかりでなく、「おけさ踊」のことをも極めて自然に思い浮べるものと解せられる。一方原告の商標は、顕著に描き出された前記の図形における特長のある踊の姿と、「おけさ姿」の文字と相まち、「おけさ踊」を思わせるものであることは明らかである。
してみれば、原告の出願にかゝる商標は、前記登録商標と、いわゆる観念において、互に類似するものといわなければならない。
そして他方、その指定商品が互にてい触するものであることは、前述の当事者間に争のない事実によつて、これまた明らかであるから、審決が、原告の商標は商標法第二条第一項第九号により登録することができないとしたのは、相当であるといわなければならない。
三、原告は、他の多数の審査、審判例とともに、特許庁が、原告の別件による出願の商標「おけさの港」は、これを登録すべきものと審決したことを引いて、(甲第二号証、昭和二十七年抗告審判第一〇三二号事件)特許庁が本件について、これを登録することができないとしたのは失当であると主張するが、他の事件における特許庁の判断が、当然に本件における前述の判断を左右するに足りないのはもちろん、その成立に争のない甲第二三号証によれば、右事件における原告の商標は、本件の商標とその構成を異にすることが認められるから、特許庁が、これについて別異の結論に到達したとしても、必ずしもこれを失当ということは当らない。
また原告は、本件商標は、昭和二十六年から佐渡の観光土産の羊羮に使用し、引用登録商標と併存しているが、その間何等混同を生ずることがなく行われ来たものであるから、審決は、商標法第二条の解釈を誤つたものであると主張するが、原告主張の右の事実はこれを認めるに足りる証拠は全然存在しない。
その他審決が商標法の解釈を誤つたとの点は認められない。
以上の理由により、原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)
(別紙省略)